「悪童日記・ふたりの証拠・第三の嘘」アゴタ・クリストフ衝撃の3部作 

「悪童日記」に続く,アゴタ・クリストフの第2作目「ふたりの証拠」。そして3作目の「第三の嘘」。

この3部作は,ストーリーとして一貫性があるわけでなく,虚実を織り合わせた構成というか,出てくる登場人物は作品ごとにシチュエーションがさまざまであり,どの作品のどの部分が真実なのか読み進めてもわからない,それでいてこの3部作は,物語に引き込まれてしまう不思議な力を持っている。

ただ,物語の主人公である双子の(双子であるのか?それとも実は一人なのか?)年齢は,「悪童日記」は9才から15才くらいまでを,「ふたりの証拠」は15才から22~23才くらいまで,そして3作目の「第三の噓」は55才になった時点での話しと,作品ごとに順を追って歳をかさねている。

今回はこの衝撃的なシリーズ3部作について,作品ごとの構成,特長,背景などを述べたうえで,全体の流れ・作者の意図などについて探って行きたい。

目次

それぞれの作品の語り部(かたりべ)

読書界に激震を与えた「悪童日記」の主人公は,双子の兄弟(一卵性双生児)で第一人称が「ぼくら」であったが,その語り口は二人を一体とした第一人称で,作品の最初から最後まで登場人物・地名など,すべてが抽象的で個人名も地名も出なかったのが印象的です。

これに対し,第2作の「ふたりの証拠」では,主人公となる双子の一方,「悪童日記」の最終場面で「ぼくら」双子が,外国に脱出する子供とおばあちゃんの家に残る子供に別れ別れになるが,それぞれに具体的な名前が付けられている。

そして物語は三人称の形で,客観的叙述で進んでいく。

「二人の証拠」で殆んどの部分を占める,おばあちゃんの家に留まった主人公の名は「リュカ(LUCAS)」。そして,最終章で登場する国外に脱出した子の名は「クラウス(CLAUS)」。

同じアルファベットの組み換えの二人の名前は,父を慕う双子の母親が父親(すなわち双子の祖父)のファーストネームである「クラウス・リュカ」を二人に分け与えたと言う。

しかし,「第三の噓」では,「クラウス・リュカ」は母親の夫,すなわち双子の父親のファーストネームから名付けたとなっている

三作目の「第三の噓」では,語り部がふたたび年老いた双子であるが,それぞれの章でクラウスであり,リュカであり,一人ずつが「私」となって物語を進める。

ある章の部分で,クラウスとリュカは実は一人しか居ない すなわち,双子ではない,と言う構成も出てくるが,その表現自体の真偽もあやふやなままで(ストーリーが)進んでいく

作品ごとの印象的なフレーズ

「悪童日記」

特に、物語の中で描かれる子供たちの冷徹さや、生存のための闘争がテーマとなっています。

物語りは双子の兄弟の書き綴った62章の,短い寸劇風の日記で成り立っており,9才の子供たちが,これまたすさまじい生き方をする「おばあちゃん」(母方の祖母)の元で生き延びて15才になるまでが語られている。

一つの印象的なフレーズとして、「我々は真実を語ることができない、なぜならそれは我々の生きる世界とは対極にあるからだ」というような表現があり、これは作者の思考や、人間存在についての深い洞察を示している。

この作品全体を通じて、作者は戦争や人間の本質、道徳の曖昧さについて問いかけを行っており、その描写は読み手に深い影響を与えます。具体的なフレーズは本書を読むことで実感できるでしょうが、彼女の作品に共通するテーマや感情は非常に印象的です。

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「ふたりの証拠」

小説「ふたりの証拠」は、著者が人間関係の複雑さや愛、裏切り、選択の葛藤をテーマに描いた作品です。

作品の中心的なテーマや印象的な要素を,以下のように箇条書きでまとめてみました。
1.  愛と裏切りの狭間  – 登場人物たちの関係が試練を受ける中で、愛と裏切りの相反する感情が描かれる。
2.  真実と虚構  – 物語の中で、何が真実で何が虚構なのかが取り上げられ、登場人物たちの内面に迫る。
3.  選択の重み  – 登場人物が行う選択が、未来に大きな影響を与える様子が強調される。
4.  人間の弱さ  – 人間の持つ弱さや脆さが率直に描かれ、共感を呼ぶ。
5.  愛の定義  – 「愛とは何か?」という問いが作品全体を通じて繰り返され、このテーマが物語の核となる。
これらのテーマは、それぞれのキャラクターやストーリーに織り込まれており、作品を通じて作者が訴えたいことを反映している。具体的な表現やフレーズは、作品を読むことでより深く理解できるでしょう。

印象的なフレーズ 主人公リュカが育てる,身体の不自由なこどもマティアスに語る,「何年か先,おまえはほかの子にくらべて,背は低いだろうが頭はいいはずだ。背丈なんか大したことじゃない。知性こそが肝心なんだ」 (文庫本 P74)                                         「苦しみは減少し,記憶は薄れる。」「しかし消え失せるとは言わなかったよ」(同 P185)        {われわれは皆,それぞれの人生のなかでひとつの致命的な誤りを犯すのさ。そして,そのことに気づくのは,取り返しのつかないことがすでに起こってしまってからなんだ」(同 P265)

「第三の噓」

「第三の嘘」は、複雑な心理描写や人間の存在に対する深い考察が特徴的な小説です。作品の主要なテーマや著者の思いをまとめると。
1. 真実と虚構の曖昧さ :
– 小説の中で、真実とは何か、そしてそれはどれほど流動的であるかが繰り返し問われる。作者クリストフは、物語における嘘や真実の相対性を強調している。
2.  記憶とアイデンティティ :
– 登場人物の経験や記憶が、自己のアイデンティティをどのように形成するかが描かれている。過去の出来事が彼らの現在の行動や選択にどれほど影響を与えるかが,ひとつのテーマとなっている。
3.  孤独と絶望 :
– 人物たちの孤独感や絶望感が強く出ており、それが彼らの行動や人間関係に影響を及ぼしている。作者は人間の内面的な闘争を繊細に描写している。

物語りの中で,「悪童日記」「ふたりの証拠」と矛盾するというか,相容れないあらすじ・登場人物が「第三の噓」のなかに出てくる 例えば,「ふたりの証拠」では主人公・リュカを保護した共産党幹部・ペテールが,「第三の噓」のなかでは隣国に逃亡し,生活を始めたクラウスの後見人の名前で出てくる

なぜだろう

3部作の中にわざわざ同じ名前の人物を異なる次元の背景の中で登場させている 敢えて,そうすることで小説の虚構性を訴えているのだろうか?
小説の題名「第三の噓」そのものが,3部作全体を小説の世界として,自由な想像力・自由な表現力を意味しているのだろうか?

むすび 著者・アゴタ・クリストフの思い

アゴタ・クリストフの一連の作品を考えるとき,彼女の生い立ち,共産党圧政下のハンガリーからの逃亡,亡命先での生活,フランス語での作家活動など,波乱に満ちたその実体験を知ることが重要であると信じる。

アゴタ・クリストフの自伝的小説「文盲」を読むことで,彼女の世界をある程度,理解することができるのでは

– 人間存在への問いかけ :
– アゴタ・クリストフは、小説を通じて人間存在の本質や、その中での嘘や真実の役割について読者に考えさせたいと思っているのでは。彼女は、現実世界の不条理を反映させることで、基本的な人間の感情や経験を掘り下げている。
– 社会の構造への批評 :
– 彼女の作品には、個人と社会、権力と抑圧についての批評が含まれている。人間がどのように社会に適応し、またそれに抗うのかというテーマが、物語の背景に常に存在している。
まとめ
これらの3部作は、アゴタ・クリストフが人間の心理や生きることの意味について探求した作品であり、深い問いを投げかけている。これらの作品を通じて、読者は多くの重要なテーマと共に,作者の思索の深さを感じることができるでしょう。

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