内館牧子さんの「高齢者(老後)シリーズ」は、定年、加齢、容姿の変化など、シニア世代が直面するシビアな現実を、ユーモアと毒気のある筆致で描いた大人気シリーズです。
現在刊行されている主要な5作品をご紹介します。
目次
1. 『終わった人』
定年退職を迎えたエリートサラリーマンの「その後」を描いた、シリーズの記念碑的作品です。
- 概要 大手銀行の出世コースから外れ、子会社で定年を迎えた田代壮介。有り余る時間を持て余し、図書館やジムに通うものの、社会から「終わった人」と見なされる屈辱に耐えられません。職を求めて彷徨い、若き女性との出会いや起業のチャンスに一喜一憂する姿が描かれます。
- ポイント 「定年とは生前葬である」という衝撃的なフレーズから始まります。仕事=自己肯定感だった男性が、いかにしてプライドを捨て、本当の「老後」を受け入れていくかという葛藤がリアルに描かれています。映画化もされ、多くの現役・元サラリーマンの共感と悲鳴を呼びました。
2. 『すぐ死ぬんだから』
「老い」を美化せず、見た目と品格にこだわり抜く女性の物語です。
- 概要 78歳の忍ハナは、実年齢より若く見えることを誇りにし、身なりに一切の妥協を許しません。「人は中身より外見」と言い切り、老醜をさらす同世代を心の中で毒づく日々。しかし、夫の急死をきっかけに、長年信じてきた幸せな家庭の裏側と、自身の「若さ」の虚しさを突きつけられることになります。
- ポイント 「終活」という言葉に抗い、死ぬ間際まで綺麗でいたいと願う女性の本音が炸裂します。単なる美容のすすめではなく、後半のミステリー仕立ての展開を通して、「人は何に支えられて生きるのか」という尊厳の問題を問い直します。
3. 『今度生まれたら』
人生の終盤で「もし別の道を選んでいたら」という後悔に向き合う物語です。
- 概要 70歳になった佐川夏江は、寝転がってテレビを見る夫を眺めながら、「私の人生、こんなはずじゃなかった」と溜息をつきます。かつての才媛としてのキャリアを捨て、専業主婦として生きてきた決断を後悔し、やり直したいと切望します。そんな彼女が、ある再会を機に、自分の人生を肯定するための「落としどころ」を探し始めます。
- ポイント 「主婦の自己実現」という永遠のテーマが軸となっています。他人の成功を羨み、自分の選択を呪う醜い感情を隠さず描いている点が非常に痛快です。過去の自分を精算し、現在の自分をどう愛するかという希望も提示されています。
4. 『老害の人』
世間を騒がせる「老害」をテーマに、加害者側(老人)と被害者側(若者)の両面から描いた意欲作です。
- 概要 引退したはずの戸山福太郎は、毎日会社に顔を出しては昔話を繰り返し、現役世代の邪魔をします。家族に対しても独善的な振る舞いを続け、まさに「老害」を体現する存在。しかし、彼ら老人たちには彼らなりの「まだ役に立ちたい」という切実な願いと孤独がありました。
- ポイント 「老害」を単なる迷惑行為として切り捨てるのではなく、多世代間のコミュニケーション不全として描いています。老人が集まって結成される「老害の壁」というコミュニティを通じて、現代社会における高齢者の居場所と、世代交代の難しさを浮き彫りにしています。
5.『迷惑な終活』
これまでのシリーズが「個人の生き方」に焦点を当てていたのに対し、今作は「家族や周囲を巻き込む終活の暴走」という、より現代的なトラブルを鋭く突いた一冊です。
良かれと思って始めた「終活」が、周囲にとっては大迷惑な押し付けになっていく皮肉を描いた物語です。
- 概要 定年後、暇を持て余した公平は、自らの死後を見据えて完璧な「終活」を始めます。身の回りの品を勝手に処分し、墓の準備をし、さらには「自分の死後に迷惑をかけないため」と称して、妻や子供たちにまで断捨離や生き方の修正を強要し始めます。家族の思い出まで「ゴミ」として捨てる公平の独りよがな正義感は、やがて平穏だった家庭を崩壊の危機へと追い込んでいきます。
- ポイント 「終活=美徳」という世間の風潮に一石を投じる内容です。本人は「家族のため」という大義名分を掲げているため、自分の非を認めないのが最大の厄介な点として描かれます。ミニマリズムの行き過ぎや、残される側の感情を無視した身勝手な「善意」がいかに人を傷つけるかという、高齢者の新たな問題がリアルに炙り出されています。
内館牧子「高齢者シリーズ」まとめ
どの作品も「耳が痛いけれど読む手が止まらない」という、内館さんならではの魅力が詰まっています。
それぞれのテーマを整理すると以下のようになります。
| 作品名 | テーマ | 主な葛藤 |
| 『終わった人』 | 定年退職 | 社会的地位の喪失と孤独 |
| 『すぐ死ぬんだから』 | 美意識と加齢 | 容姿の衰えと夫の裏切り |
| 『今度生まれたら』 | 人生の選択 | 過去の後悔と自己肯定 |
| 『老害の人』 | 世代交代 | 社会的な居場所と独善 |
| 『迷惑な終活』 | 死への準備 | 善意の押し付けと家族の絆 |
どの作品も、読んだ後に「自分だったらどう振る舞うか」を家族や友人と語り合いたくなるような、強烈な毒と愛が含まれています。



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