おすすめの良書「悪童日記」<あなたの忘れられない一冊に>

良書の定義を単純に考えるとき、良い映画をもう一度観たいというのと同じく、「もう一度、読みたい」と言う気持ちの昂(たかぶ)りが生じるかどうか、ではないかなと思います。

そういう気持ちが,心の底から湧いてくる一冊が、この人生のバイブル的書物のNo.1の「悪童日記」です。

目次

作者 アゴタ・クリストフについて

アゴタ・クリストフ(Ágota Kristóf、1935年 – 2011年)は、ハンガリー出身の作家で、後にスイスに移住し、フランス語で執筆を行ったことで国際的な評価を受けました。彼女の作品は、戦争、記憶、人間関係の複雑さをテーマにしており、特に彼女の独特な文体とコンテンポラリーな視点が特徴です。
人生
クリストフは1935年、ハンガリーのオーストラリアに接する片田舎で生まれました。彼女は、第二次世界大戦中に神秘的かつ不安定な環境で育ち、1945年に共産党政権が樹立されると、その影響を強く受けます。その後,寄宿制高等学校に進み,卒業直後1954年その高校の歴史教師と結婚。政府に対する不満や抑圧から逃れるため、1956年のハンガリー動乱を契機に,夫と生後4か月の娘とともにスイスへ移住しました。スイスでは様々な職業を経て、作家としての道に進みます。
彼女はフランス語を学び、次第にフランス語で作品を執筆するようになり、1986年に彼女の代表的小説「悪童日記」を発表,またフランス国籍を取得しました。
作風
アゴタ・クリストフの作風は、簡潔で抑制の効いた文体が特徴です。彼女の作品は、時に冷酷で現実的な視点から、苦痛や死、愛と裏切りといったテーマを扱います。また、語り手の視点や物語の構成において実験的なアプローチを取り入れており、しばしば多層的な意味が込められています。彼女の作品は、事実とフィクションの境界が曖昧であり、読者に深い印象を与えます。
代表作
1. 『悪童日記』(Le Grand Cahier) – 1986年に発表されたこの小説は、アゴタ・クリストフの代表作であり、彼女の名声を確立しました。物語は、戦争の混乱の中で双子の兄弟が体験するサバイバルの過程を語ります。冷たい筆致と共に、彼らの成長と道徳的ジレンマが描かれています。
2. 『二人の証拠』(La Preuveー証人) – この作品は『悪童日記』の続編で、兄弟のその後の人生が描かれます。記憶と記録のテーマが重視されており、アイデンティティの探索が重要な要素となっています。
3. 『第三の嘘』(Le Troisième Mensonge) – この小説もまた、クリストフの著作の一つであり、物語の中で真実と嘘の相対性が探求されています。彼女の作品におけるテーマの幅広さと深さが感じられる作品です。
アゴタ・クリストフは、その独特の文体と表現方法により、現代文学における重要な作家とされ、彼女の作品は多くの読者に影響を与え続けています。彼女の死後も、彼女の作品は新たな読者に発見され、再評価されています。

「悪童日記」について

戦乱のなかで,食糧難と危険が迫る都会から片田舎の母方の祖母の家に預けられた双子の兄弟が,世間からは「魔女」と呼ばれる祖母のところで,懸命に生き延びていく様(さま)を,感情をまじえず,虚偽を排し,道徳・倫理を超えた生きざまとして描写している。

物語の進行は,双子が日記をつづるように短い事実の描写が一節一節になって進んでいき,聡明な二人は成長するとともに,社会の無情な現実,その背景の政治的な時代の動きに機敏に対処していく。

物語の最初の部分で,「ぼくらの学習」という節があるが,作者の著作方法への考え方というか,この小説の作風の真髄を表わしている節です。その一部を書き出すと,

作文の内容は真実でなければならない。たとえば,「おばあちゃんは魔女に似ている」と書くことは禁じられている。しかし,「人々はおばあちゃんを魔女と呼ぶ。」と書くことは許されている。「<小さな町は>美しい」と書くことは禁じられている。なぜなら,<小さな町>は僕らの目には美しく映り,それでいてほかの誰かの目には醜く映るかもしれないから。・・・・

感情を定義する言葉は非常に漠然としている。その種の言葉の使用は避け,物象や人間や自分自身の描写,つまり事実の忠実な描写だけにとどめたほうがよい。

物語の背景

小説の中では,双子の兄弟の名前も,町や村の名前も抽象的表現で,一切具体的な名前はでません。

しかし,作者の生い立ち,当時のヨーロッパの情勢から考えて,おばあちゃんの家に住まう将校は第三帝国ドイツの軍人。終盤でナチスドイツを追い出して,開放する軍隊の国はソ連ですね。ハンガリーは,ナチスドイツの蹂躙を受け,そのあとはドイツの勢力を追放したソ連の圧政に言論の自由も奪われます。

このような社会情勢のなかで生きてきた作者・アゴタ・クリストフは,この「悪童日記」などの著作を通じて,あえて善悪などの感情をまじえず,道徳的思考を排して物語をすすめることで,そのすさまじい現実を描き出しています。

むすび

この1986年に発表した「悪童日記」は,アゴタ・クリストフが著した三部作,「悪童日記」「ふたりの証拠」「第三の嘘」の第一作目であり,彼女の代表作とされる作品です。

平和な時代に,平和な国で生まれ育った世代の我々には,想像することさえできない過酷な時代を生き抜く少年たちの,善と悪と言う単純な言葉では表せない倫理観。それでいて,揺るぎのない人の道をつらぬく双子の生き方が,読者のわれわれに確かな迫力で,ある意味では凄いエネルギーで迫ってきます。

アゴタ・クリストフが書き続けた三部作,そして自身の自伝である「文盲」など,彼女の著作を通じて「人が生きる」ということの意味,意義,そしてその価値を問いただしていきたいと思います。

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