ジョン万次郎上陸の地を訪ねて 糸満市・大度海岸(ジョン万ビーチ)へドライブ

2028年のNHK大河ドラマが、漁船の漂流・南海の孤島にたどり着いた後、米国東海岸からの捕鯨船に助けられ、東海岸のロードアイランドで暮らした後、西暦1851年、10年ぶりに日本に帰国した「ジョン万次郎」の物語と知り、思わず一昔前、2010年ころに愛読した津本陽・著「椿と花水木」を思い出しました。

そのジョン万次郎が、望郷の念を抱いて漂流した仲間とともに、故国の地を踏んだのが沖縄本島南端の、糸満市の大渡海岸と知り、さっそくレンタカーで訪ねることに。

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大度海岸(ジョン万ビーチ)へ

那覇市内から大度海岸へのドライブは、那覇空港近くを通る国道331号線が便利です。

広い道幅の国道で、那覇市内からは安全運転で約40分。糸満市の中央部から「ひめゆりの塔」を過ぎてすぐのところに「ジョン万ビーチ」と名付けられた大度海岸への通路が見えてきます。

ジョン万次郎(中浜万次郎)が10年におよぶアメリカ生活を経て、1851年(嘉永4年)に日本への帰国を果たした際、最初に足を踏み入れたのが、この糸満市にある大度(おおど)海岸です。

当時の沖縄は琉球王国でしたが、万次郎ら3名を乗せた小舟「アドベンチャラー号」は、激しい荒波を越えてこの海岸の砂浜に上陸しました。現在、地元では「ジョン万ビーチ」という愛称で親しまれており、海岸の入り口付近には、海を背にして立つ万次郎の銅像や記念碑が建立されています。

この地は、鎖国下の日本において万次郎が「文明の架け橋」として第一歩を記した歴史的な場所であると同時に、現在は美しいサンゴ礁が広がるダイビングやシュノーケリングの聖地としても有名です。歴史の息吹を感じながら、透明度の高い大自然を満喫できるスポットとなっています。

ジョン万ビーチ
ジョン万ビーチ

ジョン万次郎一行の上陸地へ

ジョン万次郎たちが太平洋の荒波を超えて辿り着き、上陸した地点には、その勇気と知略を称えた記念碑が建っています。

ジョン万ビーチの万次郎たちが上陸した地点
米国の方角を指さすジョン万次郎の像

漂流・米国へ・帰国のストーリー

六角形の記念碑には、万次郎たちの漂流、救助されから米東海岸へ、そして沖縄へ辿り着いてからの物語が、六面にわたりイラスト入りで語られています。

アドベンチャラー号

故郷・土佐で待つ母親への慕情がつのり、日本に帰るための船を調達しようと、当時ゴールドラッシュで沸いていたカリフォルニア州でひと働きを。

短期間で稼いだ600ドル(現代なら約1千万円)を携えて、同じ難破船で生き抜いた仲間を誘いにハワイ・ホノルルに渡ったジョン万次郎。

ホノルルで小型の捕鯨ボート・アドベンチャラー号を手に入れ、遭難仲間の伝蔵・五右衛門と三人で太平洋の荒波を乗り越えて辿り着いたのが、沖縄本島の今の糸満市の大度海岸でした。

手前の礎石はホノルルから辿り着いた万次郎の小舟「アドベンチャラー号」の容(かたち)

アドベンチャラー号を模(かたど)った礎石を見たとき、「故郷に帰りたさに、こんな小さな舟で太平洋を渡ったのか」と、その勇気に何とも言えない感慨を覚えました

むすび

無事、帰国したジョン万次郎は、その後の取り調べを経て開国まじかの江戸幕府に重用され、鎖国から開国への激動の時代に通訳士として貢献するとともに、明治政府になってからは現在の東京大学の前身、「開成所(大学南校)」の英語教授を勤めたりしました。

再来年、2028年度の大河ドラマ「ジョン万」。いまから放映が楽しみです。ドラマが始まる直前からは、この「ジョン万ビーチ」を訪問する観光客が激増すると予想されますが、現在の静かな浜辺を訪れることができ、ラッキーな思いでジョン万ビーチをあとにしました。

ジョン万ビーチの万次郎たちが上陸した地点
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